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zoom RSS Vol.15 菩薩道 〜生きとし生けるものは、皆、母である〜

<<   作成日時 : 2012/09/06 10:24   >>

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菩薩道 〜生きとし生けるものは、皆、母である〜
(平岡 宏一先生 法話 15/19)


前回分を読む


空性を直観できる「聖者(しょうじゃ)」になったら、
自分の思い通りに輪廻できるっていわれています。

でも、
輪廻を悟ることができるだけでええかっちゅうと、
アカンわけ。

で、「菩薩道」。

菩薩道 因果の七法

画像

この順番。

まず@番は
生きとし生けるものは、皆、母である」。

僕はあなたのお母さん。

なんでかわかる?

それは、
もし、100回輪廻してたら、
お母さん100人ですね。

最大ね…

ま、重なってる人もあるやろうから、
最大100人。

1億回輪廻してたら、1億人。

100億回してたら、100億人…
とこうなるでしょ…

というように
輪廻というのは無始無終

これ仏教の特徴です。

アダムとイブに始まってませんから。

無始無終ですから、
どこまでも輪廻する。

そうすると、どの生き物ひとつとっても、
自分のお母さんに生まれたことあるはずや
っちゅうことになる。

そういう意味で、
生きとし生けるものは、皆、母であるということは、
生きとし生けるものに対して、
今世の母親に対する「感謝」と
同じ「感謝」をせなアカンと


これA番の「感謝」。

世話になった「感謝」があるなら、
親がちょっと困ってたらですね、
ちょっと帰って、面倒を看てたら
「親孝行やね」
っていうわけですわ。

だから、
「生きとし生けるものは皆、母」であって、
母に対する「感謝」があるならば、
その恩に報いなあかん


これがB番の「報恩」。

だけど、じゃあ、
報いれるような状態なのかというと、
生きとし生けるものは
みんな、その輪廻の苦しみの中にあると。

先ほども言ったけど、
肉体を持って生まれなあかんということ自体が苦しみやとするならば、
生きとし生けるものに幸福な状態なものは、ひとつもないと。

全部、皆苦しみの状態にある

ということを、まず、思わなあかん。

慈悲」って言葉あるでしょ。

C番の「慈しみ」と
D番の「大悲」ですけど…

「慈しみ」の心っていうのは
相手を「育てていこう」っていう心。


「相手が楽な状態になったらなぁ」と思う心。

「うまいこといったらなぁ」って思う心。

これが「慈」。

「悲」っていうのは
「苦しい状態から離れたらなぁ」って思う心。


「慈」と「悲」とは、そういう意味では別の心。

これ両方合わせて「慈悲」です。

<つづく>

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第24回 一日修行体験会(平成23年8月7日) 法話 
清風学園 校長 平岡 宏一先生  (15/19)

⇒続き『菩薩道 〜「慈悲」と「愛」の違い〜』 (16/19)を読む

                          
⇒平岡宏一先生 法話 INDEXページ


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