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zoom RSS Vol.19 夢の中の師僧

<<   作成日時 : 2012/10/15 00:27   >>

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夢の中の師僧
(平岡 宏一先生 法話 19/19)


前回分を読む


師匠が亡くなったという知らせを受けた時、
早稲田大学の石濱裕美子先生と電話で話したんです。
 いしはま ゆみこ 
早稲田大学教育・総合科学学術院教授。文学博士。
チベット仏教世界(チベット・モンゴル・満州)の歴史と文化の研究家で
著書、論文など多数。


その時、僕は、

「一週間以内に、師匠は必ず僕の夢に出てきはると思います」

って石濱先生に言ったんです。

それで、僕、インドのお葬式に行ったんですよ。

ちょうど初七日の日に。

バンガローに着いて、その晩、
師匠は夢に出てきはりました。

ほなね、師匠は旅かなにかの準備をされてるんです。

でも、夢の中で、僕は、死んでるのを覚えてないんです。

なんとも言えん違和感があるんですけど、
ニコニコ笑いながら出てきはって

「忙しいから、とても来れるとは思ってなかった。
 今日はよく来てくれた。
 本当にうれしいよ」

って言ってくれて、
僕、師匠としゃべってる間に思い出すんですよ。

「先生、もう亡くなってんのに…」

って思ったらね、
ニコッと笑って、パァーって霧のように消えて…。

でね、僕はね、
あの後、何回も先生の夢見たけど、
後のは、やっぱり単なる夢かなと思ってんねんけど、
あれはホンマに出てきはったと思ってんねん…。

で、僕、思うんですけどね、
お大師さん(弘法大師空海)っていうのは、
入定とかいうけど、嘘っ八やと、
ホンマは死んで火葬したんやとかいうことばっかり教えられてる人と、
ああいう高僧の最期を見た人ではね、
やっぱり違うもんが出てくると思うんですよ。

僕なんか俗人ですけどね、
僕でさえ、あの最期を見たら、
やっぱり自分もですね、
ああいうふうに逝きたいなと思うじゃないですか。

そういことを見て育つっていうのは、
やっぱり違うんじゃないかなと思うんです。

そういう意味でね、
「業」というのは、
やっぱり、人によるなというふうに感じてるんです。

そういう法縁をいただこうと思ったら、
やっぱり、こういう所(出灰不動尊)へ来て、
ご加持を受けて積み重ねていかないとダメね。

そんな特効薬はないから。

一回では効かないからですね。

僕らは煩悩にまみれて、
もう、どれだけ輪廻してるかわからへんぐらい輪廻してるから。

画像


だから、皆さんのやってらっしゃることは素晴らしいことやと思います。

こうやってずっと修行を続けていっていただけたらなと思います。

始終雑多なお話になりましたが、
時間になりました。

ありがとうございました。


<了>

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第24回 一日修行体験会(平成23年8月7日) 法話 
清風学園 校長 平岡 宏一先生  (19/19)


⇒平岡宏一先生 法話 INDEXページ


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